先日21日は、父の日でしたね。
「母の日」よりも世間的に注目度の低い、この「父の日」。僕はこの世で一番、最大限に尊敬する「お父さん」にこの記事を捧げます。
僕のお父さんとの思い出は数多く残っています。
僕は、こういうのはなんですが、僕の人間としての教育・育児は「母」に多くの恩を受けたと思っています。「母」からはたくさんの感情性と感受性を学びました。
でも、僕の心の思い出に「ポイント」として残っているのは、いつも「父」の背中でした。
自他ともに認める「母っ子」だった僕ですが、僕に「人生の楽しさ・辛さ」を教えてくれたのは「父」でした。
小さい頃、遊んでくれた思い出。
よくキャッチボールとかしてくれましたね。
スキーにもよくつれてってくれましたね。
温泉や旅行なども僕にはとても感慨深い思い出です。
僕にとって「父」は、あまりにも偉大すぎて眩しすぎて、、、そして遠すぎました。
甘えん坊の僕には、「父の背中」はあまりにも遠すぎました。
高校を出た後、僕の進路についてもあまり多くを要求せず、自由にさせてくれましたね。
そして、短大に入った僕。そして多分、僕の人生で一番の「反抗期」だった短大時代、初めて「父」を裏切りました。短大を中退したのです。
それでも「父」は、僕のそのときの甘い甘い将来の夢なんかを「真剣」に聞いてくれて、多分相当裏では怒っていたと思いますが、僕の決めた道を「許して」くれましたね。
僕の人生で、最大の「後悔」と「反省」。詫びても詫びても詫びきれない程の「失望感」を与えてしまったことを、僕は今でも悔やんでいます。
でも、そんな僕でも「父」は、愛してくれました。
こんな僕でも「父」は、愛してくれました。
「父」の期待を最悪な形で裏切ってしまった僕に、「父」は愛をくれました。
僕は、短大を中退し社会人となって、働き出し、「父」に少しでも追いつきたくて、「父の背中」を追い続けたくて、がむしゃらに働きました。そして「成功」を収めました。「成功」をこの手に掴みました。
しかしながら、僕はまたしても「父の期待」を裏切ってしまいましたね。
自ら掴んだ「成功」全てを無にして、僕は人間として最低の行為をとってしまいました。
「生きること」を諦めてしまったのです。
でも、そんな僕でも「父」は精一杯、一生懸命、最大限の愛情を降り注いでくれて、僕を救ってくれましたね。僕に再び「生きることの大切さ」を思い出させてくれましたね。
それでも、僕はまた「父の望む姿」を裏切るかのように、一人上京してしまいましたね。でもそこらへんからでしょうか。僕は「期待」から開放されたかのように、再び歩みだし、再び「未来への道」を描き出しました。そう、僕自身が「父」となったのです。
お父さん。
僕はまだ、人生の道を不安定に歩いています。
また、彼方の期待を裏切るようなことを考えてしまうかもしれません。
でも、僕は知っています。彼方は決して「父」であることを放棄しない、僕にとって世界一の「父」であることを。
また甘えてしまうかもしれません。
また悩んでしまうかもしれません。
また道を外れてしまうかもしれません。
でも僕はいま、確かに「父」となり、お父さんが背負ってきた「父」としての責任を感じています。僕は、「父」としての責任と宿命を背負って、お父さん、彼方のように、力強く生きていくことを目標として頑張っていきます。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
いつも心配かけてしまってごめんね。
でも僕はもう、「生きることを諦める」ようなことは決してしません。
それだけは誓います。
いつも、彼方の背中を追い続けて歩いていきます。
一生、追いつけないかもしれまませんが、僕は彼方の背中を追い続けて生きていきます。
最後に。
お父さんの還暦の日。
僕は、精神不安定状態で出席を拒んでしまいました。
さぞかし、ショックだったでしょう。
さぞかし、残念だったでしょう。
今でも、お父さんの還暦の日の写真に、「僕」が写っていないことが悔しくてなりません。
ごめんなさい。
これからは、いっぱい頑張って、いっぱい努力して、今までの返しても返しきれない「恩」を少しづつ返していきます。
いつも、「遠くから僕の背中を押してくれて」、ありがとう、お父さん。
そして、愛しています。
これからも、僕の「目標」で居続けてください。
最愛の父へ。
不出来な息子より。