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最大の後悔

2009 年 9 月 11 日 金曜日

お誕生日おめでとうございます。
てか、もう嬉しくない年齢かな?

ウチの親父の誕生日が9/10でした。

昨日、親父に電話したんだけど、忘れてて「おめでとう」の一言も言えなくて、ごめんなさい。
一日、日にち感覚がずれていた。

いま、メールしようと思ったら、あっ、今日は9/11だった!みたいな。
ごめんね。

昨日は、イロイロ話がありまして、営業活動にいっていました。
Office SixPassの。
こりゃ、そろそろまじめに活動展開しなくちゃならないなぁと痛感しました。

さて、話は元に戻りまして、昨日は父の誕生日でした。
僕は、最大の後悔があります。
僕は、最大の未練があります。

「父の還暦のお祝い」のトキに出席できなかったコト。

相変わらずな、メンタルの病に悩まされていて、またそれを理由に、大事な大事な「還暦のお祝い」に出席できませんでした。

一生に一回の、大事な大事な日。

僕は、いま、とっても後悔しています。
僕は、いま、とっても残念に思っています。
僕は、いま、とっても自分を憎んでいます。

みんなで綺麗に映っている父の還暦の写真に、息子であり長男である僕がいない。
その写真を見るたびに、僕は苦しい思いでいっぱいになります。

なんで、あの時、自分に鞭うってでも出席しなかったんだろう、って。

父には世話になりっぱなしなんだけど、何一つ親孝行できちゃいない。
苦しい思いでいっぱいです。

だから、せめて、このblog知っているんだけど、見ているかわからないけれど、「ありがとう、この歳になってまで面倒かけてごめんなさい。」と伝えたいです。

最愛の父へ。
ダメな息子より。

P.S.僕はこの世で一番、父を尊敬しています。それはいままでもこれからも変わりはしません。いつまでも、僕は父の背中を追って歩んでいきます。いつまでも元気でいてください。父を心から安心させてあげれるような存在になるよう、努力します。ありがとう。お父さん。

2009 年 6 月 22 日 月曜日

先日21日は、父の日でしたね。

「母の日」よりも世間的に注目度の低い、この「父の日」。僕はこの世で一番、最大限に尊敬する「お父さん」にこの記事を捧げます。

僕のお父さんとの思い出は数多く残っています。
僕は、こういうのはなんですが、僕の人間としての教育・育児は「母」に多くの恩を受けたと思っています。「母」からはたくさんの感情性と感受性を学びました。

でも、僕の心の思い出に「ポイント」として残っているのは、いつも「父」の背中でした。
自他ともに認める「母っ子」だった僕ですが、僕に「人生の楽しさ・辛さ」を教えてくれたのは「父」でした。

小さい頃、遊んでくれた思い出。
よくキャッチボールとかしてくれましたね。
スキーにもよくつれてってくれましたね。
温泉や旅行なども僕にはとても感慨深い思い出です。

僕にとって「父」は、あまりにも偉大すぎて眩しすぎて、、、そして遠すぎました。
甘えん坊の僕には、「父の背中」はあまりにも遠すぎました。

高校を出た後、僕の進路についてもあまり多くを要求せず、自由にさせてくれましたね。
そして、短大に入った僕。そして多分、僕の人生で一番の「反抗期」だった短大時代、初めて「父」を裏切りました。短大を中退したのです。

それでも「父」は、僕のそのときの甘い甘い将来の夢なんかを「真剣」に聞いてくれて、多分相当裏では怒っていたと思いますが、僕の決めた道を「許して」くれましたね。

僕の人生で、最大の「後悔」と「反省」。詫びても詫びても詫びきれない程の「失望感」を与えてしまったことを、僕は今でも悔やんでいます。

でも、そんな僕でも「父」は、愛してくれました。
こんな僕でも「父」は、愛してくれました。

「父」の期待を最悪な形で裏切ってしまった僕に、「父」は愛をくれました。

僕は、短大を中退し社会人となって、働き出し、「父」に少しでも追いつきたくて、「父の背中」を追い続けたくて、がむしゃらに働きました。そして「成功」を収めました。「成功」をこの手に掴みました。

しかしながら、僕はまたしても「父の期待」を裏切ってしまいましたね。
自ら掴んだ「成功」全てを無にして、僕は人間として最低の行為をとってしまいました。

「生きること」を諦めてしまったのです。

でも、そんな僕でも「父」は精一杯、一生懸命、最大限の愛情を降り注いでくれて、僕を救ってくれましたね。僕に再び「生きることの大切さ」を思い出させてくれましたね。

それでも、僕はまた「父の望む姿」を裏切るかのように、一人上京してしまいましたね。でもそこらへんからでしょうか。僕は「期待」から開放されたかのように、再び歩みだし、再び「未来への道」を描き出しました。そう、僕自身が「父」となったのです。

お父さん。

僕はまだ、人生の道を不安定に歩いています。
また、彼方の期待を裏切るようなことを考えてしまうかもしれません。
でも、僕は知っています。彼方は決して「父」であることを放棄しない、僕にとって世界一の「父」であることを。

また甘えてしまうかもしれません。
また悩んでしまうかもしれません。
また道を外れてしまうかもしれません。

でも僕はいま、確かに「父」となり、お父さんが背負ってきた「父」としての責任を感じています。僕は、「父」としての責任と宿命を背負って、お父さん、彼方のように、力強く生きていくことを目標として頑張っていきます。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

いつも心配かけてしまってごめんね。
でも僕はもう、「生きることを諦める」ようなことは決してしません。
それだけは誓います。

いつも、彼方の背中を追い続けて歩いていきます。
一生、追いつけないかもしれまませんが、僕は彼方の背中を追い続けて生きていきます。

最後に。

お父さんの還暦の日。
僕は、精神不安定状態で出席を拒んでしまいました。
さぞかし、ショックだったでしょう。
さぞかし、残念だったでしょう。

今でも、お父さんの還暦の日の写真に、「僕」が写っていないことが悔しくてなりません。
ごめんなさい。

これからは、いっぱい頑張って、いっぱい努力して、今までの返しても返しきれない「恩」を少しづつ返していきます。

いつも、「遠くから僕の背中を押してくれて」、ありがとう、お父さん。

そして、愛しています。

これからも、僕の「目標」で居続けてください。

最愛の父へ。
不出来な息子より。

弟くんへ

2009 年 6 月 10 日 水曜日

今日、姉から一通のメッセージが届きました。僕は思わずグッときちゃいました。
以下、固有名称を注釈した全文です。

「弟くんへ

どうだい?
読ませてもらってるけど。

私が○○にいるときに転職で決まらず悩んでいたときに、叔母は「悩めるってことは幸せなんだよ」って言ってくれました。
ちょうど、叔母も大変な時期だったと思うけど、別な角度から見れば、悩みだって幸せなんだってビックリしました。

みんな周りは暖かく見守ってくれてる人がいっぱいなんだから、それが勇気という力になるんじゃないかい?

きっと大丈夫。ジャンプする前にかがんで膝小僧に力をグッとためるんだよ。

そしていつもありがとう。 」

その後、僕は、姉の日記を読みました。

涙が止まりませんでした。

姉は頑張っていました。一生懸命頑張っていました。
子供二人を抱え、仕事もこなしている姉。
相当に大変だろうに、一生懸命子育てをして、一生懸命子供を愛していました。

僕は何をしているんだろう。
僕は何をしているんだろう。

ありがとう。「勇気」たくさんもらったよ。ありがとう。
そして、「愛しています」。

素晴らしき姉へ。

ダメな弟より。

2009 年 5 月 30 日 土曜日

今日、実家に帰りました。

僕がここ最近、悩みを重ねているのを知っている母は優しく出迎えてくれました。

 

薬の副作用で、どんどん眠くなる僕はついに寝てしまいましたが、母が優しく起こしてくれました。

「あんた、うちに寝に来たのかい?少し話さないかい?」

僕は子供の頃、よく居間のソファーのうえで寝ていて、母に起こされて、でも眠くて、しょうがなく母が抱っこしたまま、2階のベッドまで運んでくれた記憶を思い出しました。とても心地よい、とても暖かい気持ち。

僕は起きて、母としばらく話していました。

「少しは開き直りなさい。」

「怯えているということは、拒否していることなんだよ。」

母は優しく、僕の肩を揉みこう言いました。

「まったく真面目なんだから。少しは気楽にいきなさい。」

 

母から溢れてくる愛の「言葉」達。

僕はただただ黙って聞いていました。

「悩んでいたって明日は来るんだよ。」

懐かしい記憶。懐かしい声。懐かしい雰囲気。

その全てが懐かしくて、感慨深かった。

ありがとう、お母さん。

「言葉」で伝えるのはとても不器用な僕でごめんね。

でも心から感謝しています。

あなたの下に産まれてよかった。